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帰農塾 参加者 レポート |
KINOUJUKU SANKASYA REPORT
9月18日~20日 里山帰農塾 9月 ~森~
2010.9.20 更新日 2010.10.23
「インサイト」
M.S
人生の「価値」と表現すれば良いのだろうか。文化の「価値」と表現すれば良いのだろうか?「価値」の変換期を迎えている様に感じる。
「都会生活」対「農村生活」。「サラリーマン」と「農家」。「資本」と「穀物」と言った様な表面的な対比と言うのか、どちらかを選択しなければならないと言った様な単純な事では無く、それらの存在を意味付ける為の「価値」のムーブメントである。
今回3日間を自然の中で生活する事によって、その「価値」を考え直すチャンスが、都会での生活の中でより、見付けやすい事がわかった。より正確に表現するなら、既成の「価値感」、戦後の西欧文化に影響された「価値感」から解放されやすいと言う事だ。恐らく、鴨川で生活している人、特に、既成価値観を捨てた人達が、多様な事をやっているのはその結果なのではないかと思う。
また明日から都会での生活が始まります。人生の価値感は何なのか?文化の価値って何だろうか?と考えながら毎日を生活できれば、この3日間は非常に有意義だったと言える。
繰り返しになるが、都会生活を否定する事、農的生活を絶賛する事がこの3日間で得られた事を考えるのは余りにも表面的すぎる。生活の本質を見ようとする眼、インサイトを日々の生活にも持ち得るかが、重要だと思う。少なくとも僕は。
あるもの探しを始めよう!!
S.S
今回は2年前の7月の帰農塾以来の参加でした。前回はこうしたイベントの参加は初めてで、普段自然環境のことなどを語り合える人間関係が少なかったから、同じ方向性を持った人達とたくさん出会えたことが心地よく、未来に不安を持っていた気持ちが楽天的に向えた経験になりました。そして、循環型の暮らしにしっかりと未来を見出せた経験でもありました。そして、具体的な課題も見つかりました。帰農塾で出会った鴨川に暮らす人を見て、現金収入に関することでも社会的地位に関することでもなく、人として体ごと自立している姿がとても印象に残りました。それが私はうらやましく思え、そんな在り方を目指そうと思いました。そんなことを目標に過ごした2年間でした。もちろん、これからも。だから、今回は前回より具体的な自分の農的暮らしを考える機会になりました。
今回、一番心に残ったキーワードは、甲斐さんの地元学、リックさんのパーマカルチャーの話に共通していた、“無いもの探しではなく、あるものの探し”“自分の手の中にあるものは何か”です。まずは、自分の暮らしを楽しく“監査”してみようと思います。
林さんが世界旅行中に出会った美しく素敵―に暮らす家族がまぶしすぎた、というエピソードがありましたが、私にとってのそれがまさに鴨川の人達です。ここは憧れでもあるのに、何か自分の弱さを照らし出されるようで居たたまれない気持ちにもなります。けれど、前回より今回は、鴨川を(農的くらしを)近くに感じたのです。
次の一歩を踏みだせそうです。
A.S
「健康で幸せで楽しい暮らし」というキーワードを聞いた時、ゾクッとしました。確かに。それが、一度しかない人生を生きる為のテーマでなくてなんであろうか、と。儒教的?な教育のせいで、個人の楽しさ、苦労がないこと、幸せであることが罪悪であるかの様に感じてしまいます。
もちろん、自分が今、林さんや今回ご紹介頂いた方々の様に一歩を踏み出し、今までと全く違う生活を始めるとしたら、それはそれで苦労はあるとは思うが、楽しく、健康で、今とは違う幸せを確実に体感できるだろうと確信している。
一つネックは、今の仕事の状況。責任あるポジションを任せていただいて、しかも、会社の状況が結構クリティカルであるので、そこで今辞めるとなると、責任放棄となりそうで少し後悔しそう。サラリーマンは、誰でも置きかえ可能だし、いいかなあとも。
という訳で、鴨川移住の日も近い?そうなったら王国の皆様にいろいろアドバイスをいただけますと頂けますと幸いです。
人と人の出会いというものは不可思議なもので、あの時、王国の存在を雑誌で読んで知らなかったら。今年のGWに、ラストミニッツで、田植えに申し込んでいなかったら、こんな思想や発送を持って生きている方々に出会えず、私も、東京砂漠の中で、ギスギスとした職場で、金銭的には恵まれているとしても、精神的には枯渇していつか爆発または、気力を失うだけだったのかも知れません。キャリアを積むことを目指した訳ではないが、まわりに押し上げられ、今の自分がある訳で。
と、まぁ、すっかり、すっきり、次の自分のやりたい事が見えた事が、本当に今回の収穫でした。
自分は、農に向いていると思います。田植え、稲刈りも、鳥の解体も、すぐに入ってきましたね。
ところで、パーマカルチャー、自給自足の考えは、今の経済構造に疑問を抱いていた私は、すんなりと入りました。目からウロコです。いろいろ参考になったし、これからも少しずつ勉強し、実践できたらと思いました。
一番救いになる所は、自らの楽しさ、幸せ、健康のために生きる事が、巡り巡って世の中や地球のためになる(かも)と言う事です。今、自分が生きている環境では人との付き合いがあまりにも表面的すぎて、つまらないのですが、こんな私でも何か役に立てるのではという明るい気分になりました。
なんだか自分のことばかりとりとめのないことばかりを書きました。すみません。
王国の今後の活動ネタなどは、またの機会に書かせていただきます。
今回のテーマ「命」については、いろいろ思うところがありますが、紙面も尽きてしまいましたので、これも又、別の機会に。
農的生活を楽しむということ
T.K
今回の帰農塾でも、三日間石井さんにとっても美味しい食事を作っていただき、ありがとうございます。自分が自然王国に来て、健康になっていくことを実感しています。
今年三回目の参加だった帰農塾の私にとってのメーンイベントは、やはりニワトリの解体でした。肉屋だった私の父の手伝いで、子供の頃にニワトリをつぶした事を思い出しました。実に五十年ぶりのことで、手が震えずに出来るかどうか心配でしたが、何とか無事に作業をすることが出来ました。「命をいただく」ことを実践できたかどうかは自身ありませんが、少なくとも死んでいく命が私の命を支えていることを感じることは出来ました。
次に私の「農的生活」への考えが今回の参加でどう変化したかですが、少し具体的なイメージがわいてきました。今回、若い人の参加が多く、彼らに影響された面もあります。
皆さんと少し表現が違うかも知れませんが、私が今まで迷ったり、躊躇してしたことは、現実の生活をどうするか、ということでした。私はまだ、幼い子供が二人おり、この子らを支えていかねばなりません。その現実が、「これから農的生活に入ります」と広言できない原因でもありました。それが今回の帰農塾を通じて変化してきたように思います。
一言でいえば、「あせる必要はない」ということです。自分のできることを少しずつでも積み重ねるやり方でも良い、と思える様になりました。特に初日の夜、野老さんのお話を聴いてから、その思いが強くなりました。大きなビジョンを持つことや、それを描くことも必要かも知れませんが、たとえそれがなくとも目の前の事から始めることは出来る訳です。しかも楽しみながら。きちんとしたビジョンを持ってないのは、私の欠点ですが、ならば逆に小さなことでも実行を積み重ねることで自分の夢を実現することは可能だと思います。今回の講義の中で、今世の中が大きく変わり始めている、という現実を知りました。確かに、今の世界のシステムが行き詰まりを見せていることは、私も感じることがあります。パーマカルチャーのお話をして下さったリック・タナカさんが実践されているようなことを、私もささやかながら始めております。そして例えば、電気代や水道代を節約することは実は楽しいことも知りつつあります。家庭菜園で野菜を作る事も良いのですが、そのもとになる「土を造る」ことにも挑戦したいとおもうようになりました。これから我が家にもある生ごみ処理機でたい肥を作る事も始めたいと思います。
夢を持ちながら「農的生活」を楽しんで実践することに努めます。今回の帰農塾でも、その動機付けをしてもらいました。自分の出来ないことは助けてもらい、出来ることは他人のためにしてあげる。これは愉快ですね。
「OUT OF NOISE」
K.I
2008年に発売された日本女性シンガーUAさんの「ゴールデングリーン」というアルバムの中に「MOOR」という曲がありその曲の一節で「65億の蟻を乗せた小さな船が滝から落ちる前に、船をつなぐ岸を探す、あなたをつなぐために手を伸ばす」という詞があります。その曲を聴いたのは当時入院していた精神病院の病棟で、その曲になんだか救われた思いがしたものです。
それから数カ月後に病院を脱走し、その足で東京の編集部に(ビジネス誌「VALUECREATOR」)に入り、2008年の食品偽装問題、リーマンショック、環境問題などを関わり、狭い部屋から一気に広い世界に出た気がしました。ただ、過酷な労働条件、環境に体調をおかしくしてしまい、月刊誌、季刊誌セミナー2件が終わったその月の最終日にホワイトアウト、頭も身体も真っ白になってしまいました。
それから2年が経ち、今回縁があって里山帰農塾に参加させて頂き、沢山の先生のお話を聞く事ができ、やっとまたスタートラインに立つことができたなぁと実感していますいつも誰かから「それで、これからどうするの?」と聞かれているようで、その答えはこの二年間ずっと保留にして、空耳だけに耳を澄ませ自分を自分なりに鍛えていたんだなぁいつもまとわりついていた奇妙な薄い膜がやっと剥がれそうだ、浴びる程酒を呑み、あらゆる嫌いなモノに喧嘩を売り、友達から離れあらゆるモノにもう一度最初から手を触れなおし、TPOを完全に無視して言葉と意識を乱射し、多数の人から白い目で見てもらい、初めて今夏に靖国神社、皇居を訪問し、熱中症になるギリギリまでゴミを拾いそしていた諸々は、2008年の冬に放り投げてしまった何かをもう一度拾うための儀式のようなものだったんだ、ほんの少しの勇気をもって、ここへ来て本当に良かったなぁ等とデジャブーを感じながら二日目の夕方に思いました。
この三日間の体験を通じて、僕はもっと自分を信じて、素直にシンプルに生きたい。そのためにはもっと外に出かけて色んな人に会いたい、会いにこう、いつかどこかへ持ち帰って幸せに暮らせるように努力し続けよう「人生は修行」ならば、そのプロセスをとことん楽しんでやろう。楽しむことの方が難しいんだ、人のため社会のため世界のため地球のために僕はどういう存在になれるか、なるのだろうか、今やっとまたスタートラインに戻って来て、これからが本当に楽しみで性がない。ここへ導かれるように来て、こんな実感が持てて、また自分の家へ帰って行ける僕は今、本当に幸せだなぁと思います。
ちなみにUAさんの「MOOR」は「もしあなたが選ぶのなら私は何も決めないよ。言葉が多すぎて紡げなくても、ただ側にいるだけでいいよ。」で終わります。
日本は素晴らしい!日本は美しい!
A.Y
今回の最大の気付きはこれにつきます。極端な西洋志向の価値観の時代に生まれ育ち、その反動から反西洋志向に傾倒していた時期がありました。でも、反西洋の先にどこをよりどころにしていいのかわからず、もんやり流されていた時間を経て、最近自分の感覚=直感に従う生き方が少しずつできるようになってきて、その生き方に日々毎日、いろんな瞬間に幸せや充実感を得ています。その裏づけとして、私が存在している「日本」という場所の考え方、文化というものが、合致しているということが腑に落ちました。自身がより確かなものとなりました。
他の点では、僕のつくりたい「理想的な社会・村」というものは、0からつくりあげるのではなく、今あるコミュニティを、「理想に近づける」方がうまくいくのかもしれないということです。みんながそれぞれ自分が幸せだと思う生き方が出来る村をつくるのではなく、そうできる環境に近づける。うまく表現できませんが、僕が最初に鴨川などにきて、自分のやりたい生活を実践し、足がかりをつくって、僕の廻りの関わっている人達がやりやすい状況をサポートできればよいなと思います。
来年から農的生活を始めるにあたって、具体的な生活レベルの絵が見れなくて不安がありました。実際鴨川に家を借りて田畑を借りて、さあどうするのか?今回の帰農塾の中で様々な人の話を聞いたり、移住されている方のお宅を訪問したり、そこで感じた事を見つめていくと、今の時点での自分の望みは、鴨川に家を借りてのんびり生活をしたいが、田畑を借りてガリガリ農をやってバリバリ地域活動をやりたいのではないと気付きました。今の段階では、自分のやりたい事、子供と関わる生業をしている諸先達のところへいって勉強させていただいたり、日本や世界を旅して、様々な文化や人に触れたり、自分の時間を楽しみたいと思います。
最後に、今回もいろんな方々との出会いがあり、同じ研修生や講師の方、スタッフや鴨川で生活している方々と触れ合う事ができ、本当に楽しい3日間でした。この場を借りてお礼申し上げさせていただきます。
ありがとうございました。また出会いましょう!
「隣人の顔すら知らない」
S.F
都会生まれ、都会育ちで三十歳になる私は身の回りにある物、着ている物、食べる物、それらの生産現場を知らず、当たり前に受け取り消費し続けている。何と怠惰で無責任な事実だろう。
細分化され続ける社会のサイクル、その一部になる努力を日々行い続けている。ここでの三日間を通し、その行為がとても非現実的であると気付かされた。
田舎での暮らしには、生産、消費、再処理育成と循環し続けている。それらのサイクルを包括し個が存在し、社会を形成している。最低部であるとイメージしていた世界に実は全てがちゃんとあった。とてもショックだった。進歩の全線であると思い続けていた都会で育み取り組んできた価値観が、実は隣人の顔すら知らない様な閉鎖的なもの、縮小された世界観であった事実。私の意識にあり迷い続けて来た社会とは、まるでお釈迦様の手の平にいる孫悟空の様なものだった。
意識改革をしよう。更なる視座を持とう、創造力を養おう、今後の課題を明確に持った大きな収穫だった。
農的生活の思想がこれからの社会をつくる
M.N
ここに来て思ったことは、無駄を省いているということです。例えば共有できるものは共有することが最少の財産で済んでいると思いました。10人がいて一人一人が一軒ずつ違う家に住もうとすると、10億円かかるとする。しかし、でかい家に1軒に住めば1億ですみ、残りの9億を他に回せるといった具合です。あと、なるべく機械に頼らず、自分達の手足を使う事が社会の無駄を省いていると思う。自分でくわ持って田畑を耕せば、木、鉄、人力、食料、くらいの材料で済むが、これを耕運機に頼れば、ガソリン、プラスチック、人、食料…等など無駄が増え、環境破壊をまねく人間を身体を適度に動かすと、心が安定する生物で、農業で自然にふれながら、人と対話し、身体を動かせば健康になり、生活から無駄がなくなり……好循環スパイラルになってゆく。鴨川自然王国はそこら辺を証明していると思う。勝手な根拠のない予想であるが、人間が環境に染まる生物であることからかんがみ、理想とするいい時代の文化のマネをすると、その時代のみんなお共通概念、想念がよみがえるのではないか?ということです。これを楽しいと思う神経を持った人間がやらないと意味はないと思うけど。
誰であっても農的生活を楽しいからと言ってこれになじめないGHQ系の発送に洗脳されている人を変えようとしてはいけないと思う。彼らは洗脳されている事をみとめたくなくこれを変えようとすると、自分自身を否定されている様に感じ反発されてしまうからです。農的生活は楽しいと思いつつ、行動していれば、自然と農的な発想に洗脳されると思う。洗脳されやすい生活そのものは変えようがないから逆に利用した方がいいと思う。(9割くらいは洗脳されやすいらしい)
中国の思想で陰陽とかあるけど女が陰で男が陽であるらしい。女は地に足をつける性質(現実的)があり、男は空間的(想念的)性質があるらしい。今までの社会は男的、空間的な学問とかが優意であり、女的、地に足をつける事がおきざりになっていた。農業はまさに地に足をついた生活に密着した女的な性質があり、農業人口が増えれば、社会の女、男のバランスがとれ変わっていくのではないかと思います。
「これからの生き方」
M.H
私はずっと「いい人でいたい」と思っていました。本当は、いやなことも相手が望んでいたら自分の気持ちをおさえたり、本心は違うのに相手に話を合わせたり…そうやって生きて来て、それがコミュニケーションだと思っていました。
今回、帰農塾に参加して里山で自分らしく自分の暮らしを作り上げている方々にお会いして、自分は何ができて、自分はそうやって生きていきたいのかが、とてもクリアな事に感動しました。行き先がはっきりしているバスに乗っているかのような安らぎと安心感が伝わりました。自分が何がしたいのかちゃんとわかっていて、その上で近所の方々や友人と、自分のできないことはたすけてもらって、自分のできることをするという関係に美しさを感じて、私もこうやって生きていきたいと思いました。
昨年の年末大掃除をしている時に、ふと今年のテーマは「手放す」だな!!とかんじました。林さんが旅に出るときに、バックパック一つだけ持って、残りの所有物は全て処分したと聞いて驚きました。私には、自分が必要な物以上の物があるな…物質的な事だけではなくて、気持ちの上でもあるな…と思いました。自宅に帰ったら少しずつ手放して身軽になったら何か見えてくる物があるのではないかなと期待しています。
鶏の解体は肉を食べると言う重みをズッシリ感じました。命をもらって食べたからには、自分が本当に喜ぶ幸せな生き方をして楽しく生きたいです。私が包丁を入れて命を奪った鶏を忘れず、肉を食べるときはありがたく頂きたいと思います。
三回目の帰農塾に参加して
N.O
三回目の帰農塾は、内容的にも人的にも非常に盛り沢山だった。新しく参加された人達は三〇代が多かったが、私にとっては学ぶことも多く、スタッフ同様、先生といってよいくらいだった。
全体を通じて頭に残った言葉として、「直感」がある。自分の直感に導かれていったところ、望んでいた場所、世界に行き着いたという体験をもった話がいくつも出た。
これまでの私は、頭の中でアレコレ理屈をこねまわし、悩み・迷う事が多かったのだが、考えてみればこの鴨川自然王国に来たのは何かに魅かれるところがあったからだ。それはここに自分のこれからの生き方を指し示すものがあるという直感だったと思う。
農的生活にあこがれ、いよいよ実践を開始できる時期にきて、この直感を大事にしたいと思う。
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